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最高裁判所第一小法廷 昭和29年(オ)219号 判決

神戸市生田区北野町四丁目一三五番屋敷の一

上告人

北村吾三郎

右訴訟代理人弁護士

荒川文六

同所同番地

被上告人

アイ・ヴオルヒン

同所同番地

被上告人

トレチヤニヴア・クゼニヤ

右当事者間の占有回収等請求並に家屋明渡反訴請求事件について、大阪高等裁判所が昭和二九年三月四日言渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士荒川文六の上告理由は末尾添附別紙記載の通りであるが、記録によると上告人は第一審に於て被上告人アイ・ヴオルヒンの為した反訴につき何等の異議なく直ちに本案の弁論を為して応訴して居ることが認められる。そして民訴二三九条の定める反訴の要件はその特別管轄の要件を定めたものに外ならないから、反訴被告の応訴により法定の要件を具備すると否とに拘わらず、本件反訴は適法に第一審裁判所に繋属したものということができる。されば、本件反訴の適法要件に関する論旨は結局事実審裁判所の裁量の範囲内でなした弁論、裁判の併合、等の措置を論難するに帰し(論旨引用の判決は本件に適切でなく且つ上告裁判所である高等裁判所の判例ではない。なお、原判決は本件占有の訴については本権に関する理由に基づいて判断をしていないこと判文上明白であるから、民法二〇二条に違背するところはない。)その他の論旨はすべて最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)

昭和二九年(オ)第二一九号

上告人 北村吾三郎

被上告人 アイ・ヴオルヒン

外一名

上告代理人弁護士荒川文六の上告理由

第一点 原判決が被上告人の反訴を適法として採用したのは、違法であつて、これは従来の判例に反するばかりでなく、法令の解釈を不当に誤つたものでもある。

一、本件上告人の本訴の目的たる請求は、被上告人に対し居室の明渡を求めるものであつて、その攻撃方法たる請求原因は、占有を侵奪されたことによる占有回収の訴である。これに対し被上告人の反訴の目的たる請求は、上告人に対し上告人が明渡を求める前記居室についての賃借権消滅確認と、右以外の二階居室の明渡を求めるものであり、その攻撃方法たる請求原因は賃貸借解約申入れに基づくものである。

一体占有の訴は、本権の訴とは全く訴訟物を異にする特殊の訴と認められ、本権に関する争はこれを措き、占有のみにつき迅速な解決を図り、一応法的秩序を維持せんとする制度であり、従つて占有の訴は本権に関する理由に基づいて裁判することを得ないものとされている。されば占有の訴と本権の訴とは全く請求の基礎を異にするものというべきである。これによつて前記上告人の本訴と被上告人の反訴とをみれば、上告人の本訴は占有の訴であるのに対し、被上告人の反訴は本権の訴であつて、全くその請求の基礎を異にするものである。然らば被上告人の反訴の目的たる請求は、上告人の本訴の目的たる請求と牽連しないものといわなければならない。

更に、占有の訴に対しその防禦方法として本権に関する主張をなし得ないことも言う迄もないが、被上告人の反訴は、上告人の本訴に対する防禦方法と何等牽連せず、反つて防禦方法として許されない本権に関する主張と牽連するだけである。かかる反訴は、占有訴権の特殊性と、「反訴はその目的たる請求が、本訴の目的たる請求又は防禦方法と牽連するときに限り許されるものである」との民訴第二三九条とに照し、当然許されぬものといわなければならない。

二、これに対し原判決は、「反訴は本訴である占有の訴に対する防禦方法ではなく、独立の攻撃(請求)そのものであるから、占有の訴に対し本権上の理由に基づく反訴を提起することは何等妨げないこと、占有の訴につき本権上の理由に基づく請求を併合することを禁じないのと同様である」と判断しているが、これは全く前記占有訴権の特殊性と反訴の要件との関係を理解しない議論である。成る程反訴は独立の請求であり、又占有の訴につき本権上の理由に基づく請求を併合することも出来るけれども、反訴は本訴請求又はその防禦方法と牽連するときに限り許されるものであるのに、被上告人の反訴は上告人の本訴と全然その請求の基礎を異にし、従つて何等牽連性がないばかりか、防禦方法とも牽連性のないことは前述の通りで不適法である。唯原判決の言うが如く上告人が本件占有の訴につき、本権上の理由に基づく請求を併合してなした場合に始めてこの本権上の請求と被上告人の反訴とは牽連性をもち、この面に於て適法となるのである。

即ち、上告人が本権上の理由に基づく請求を併せ求めた場合に於て、被上告人の本件反訴は許されるのであつて、上告人に於てこの請求をなさず、単に占有回収の訴のみを請求する本件の場合、被上告人の本権上に基づく反訴は当然不適法といわなければならぬ。

三、若し然らずとすれば、上告人の本権上の理由に基づく請求は別訴で出来るとしても、これとは牽連するが、本件占有の訴とは何等牽連のない被上告人の反訴が独立の判断を受けることになり、上告人としてはこの反訴に対し単に防禦することができるに止り、結局反訴の請求の目的たる賃借権消滅の有無の点につき、別個に二つの判断が生れる結果を招来する。

然のみならず、将来上告人が本権上の理由に基づく請求を新に提訴した場合、本件反訴に於てなされた賃借権消滅の判断が防禦方法として持ち出されることになれば、占有の訴に対する反訴の判断が本権上の訴に対する判断を事実上拘束することになり、これは民法第二〇二条第一項の「占有の訴は本権の訴と互に相妨ぐることなし」の趣旨に背反することになり、甚だ不当な結果を生ずる。而してこれは一に占有の訴に対し本権上の反訴を許すことの不当に由来するものであつて、この点からも原判決の誤りであることは明かであるといわねばならない。

四、尚本論旨と同趣旨の「占有の訴に於て本権上の反訴を提起するのは不適法である」との判決が、昭和二六年三月二四日高松高等裁判所に於て言渡されている。(昭和二三年(ネ)第一号、第四号事件)ことを附言する。

以上

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